Llatreeが役割を脱げるような安心して寛げる場所でもありたいのなら、自分が脱いでいかないといけない、脱げないと感じている自分に窮屈さを感じていた節もありました。
そのような中、先日ふと降りてきたのは、服を着ていても自分は自分だということ。お風呂の時だけが自分ではない。
時と場合によって必要なだけ脱げばいいし、着ればいい。寒い日に無理して脱ぐ必要もなく、毎日いろいろな服を着てもいいし、着なくてもいい。体感温度や好みも皆違う。それぞれの感覚があることは自然なこと。
当たり前のことが腑に落ち、大きな肩パッドのようなものが取れた感覚になりました。


